私に価値があるかどうか分からないけど無いこともないかな

30歳代地味女による、自称ネガティブブログ。趣味は妄想。

【妄想】教祖と信者風のSNSやりとりパターンを2つ考えてみた。

SNSの使い方は人それぞれです。

そんな中、個人的に興味深いやりとりがあったので、フィクションでパターンを紹介します。

あくまでも、私が何となくこんなイメージと思った妄想です。フィクションです。

 

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妄想キャスト

 

【教祖】

緑きりん(以下、緑)


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【信者】

緑きりんのファン、信者、塾生的な人々(以下、信)

 

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パターン1

 

【例】

 

緑きりんさんがリツイートしました。

信「緑さんの最新刊読了!

人生考えさせられました。

#緑きりん

#私には価値がない」

 

緑きりんさんがリツイートしました。

信「こういう風に、自分の過去をじっくり振り返るって大事だよね。

#緑きりん

#私には価値がない」

 

緑きりんさんがリツイートしました。

信「緑きりんさんの本、買いました!

読むの楽しみ〜!

#私には価値がない」

 

緑きりんさんがリツイートしました。

信「これアラサー女子は絶対読むべし。

色んな辛さから解放される感じがする。

#私には価値がない

#啓発本」

 

【説明】

教祖に関するプラス内容を呟いているツイートを、教祖本人がリツイートする。

教祖にとって、PRや宣伝になる。

信者にとって、フォロワー数が多い教祖に自分のツイートをリツイートしてもらうことによって、次の効果が期待できるかもしれない。

  • いいね獲得数が爆上がりする。
  • 教祖のように、自分らしい働き方を模索してます系信者の場合、フォロワー数や収益の獲得にも繋がる。

 

教祖系アカウントのプロフィールページを見ると、ひたすら教祖の最新コンテンツの感想(褒めてる内容)ツイートが並ぶので、一瞬「このコンテンツは凄く良いかもしれない」と私は錯覚してしまう。

作り手本人がSNSを通じて宣伝する行為や、好意的な内容をリツイートするのは当然だと思うので否定しない。

気を付けるべきは、実物を確認せずに、勝手に良いものだと思い込んでしまう私自身である。

 

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パターン2

 

【例】

 

元ツイート↓

緑「○○店のホールスタッフは頭悪い奴しかいない」

 

元ツイートに対するコメント↓

「人手不足の中、働いている人々に失礼」

「お前は二度と○○を食うな」

「は? 他人に頭悪いとか言う奴ほど、馬鹿だと思うんだけど」

「また何か言ってるわ、このババアwww」

「これは差別的発言です。店舗側からすれば営業妨害にもなりえます。発信力のある方がこのようなツイートをするのはひどく残念なことです」

「具体的な根拠を示していただけますか?」

信「緑さんは、○○店はマニュアル化してるから職業として難易度低いって言ってるだけだよ。そこでしか働けない人はもっと考えた方が良いってこと」

信「緑さん、一刀両断! 最高!!」

信「分かります。こないだも○○で、料理運んできた奴が△△で有り得ないと思いました。」

信「人手不足は前からそうなんだから、効率良く回すべきなんですよね。でもそういう改善が全然見られないって、緑さんは嘆いていらっしゃる。暴言どころかむしろ愛のムチですね」

信「読解力無いアホが多すぎて草」

 

※上記は全てフィクションです。

 

【説明】

教祖が短文でかつ攻撃的ともとれる発言について、炎上した(しなくても)際、その発言に対する解釈を、教祖本人ではなく、信者がする。

たまに信者の解釈を教祖がリツイートする。

パターン1同様、フォロワー数が多い教祖にリツイートされることは、信者にとってメリットがある。

また、パターン2は、教祖と信者の関係が縦社会に近い気がするので、教祖に構ってもらえると、信者は教祖に認められた気持ちになり、とても嬉しい。(パターン1は横繋がりのイメージがある。しかし、教祖の意図次第では、搾取関係になるかもしれない)

パターン2の教祖は「私が言う必要ある?」「私にそんな無駄なことをさせないで」というスタンスで、10の内9は辛口ドライ発言しそう。ごくたまに、1の褒めを発動すると、その1がとても輝いて見えるという錯覚を、私はしてしまう。あくまで個人の感想であることを忘れてはいけない。その人が低評価した9の中に自分の好きなものがあっても、高評価した1が自分の好みでなくても、あまり問題ないはず。

 

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以上、何となく最近SNSを通して思ったことを書いてみました。

私にとって重要なのは、SNSは大体話半分程度に留めるということです。

そしてもっと重要なのは、ここで書いた内容は誰かを批判してるものではないと言うことです。

 

おそまつ。