私に価値があるかどうか分からないけど無いこともないかな

30歳代地味女による、自称ネガティブブログ。趣味は妄想。

新生児期は最強モテ期

この記事を書いている時、私は出産を終え、傍らに新生児がいる。

新生児とは、生後1ヶ月までの赤子をことらしい。

可愛い。とにかく可愛い。

新生児は社会性という概念が恐らくまだない。なので、ごにょごにょ七変化する表情は、本能そのものだ。気持ち良ければうっとりし、気持ち悪ければ眉間に皺を寄せる。相手が誰だろうと、遠慮なく今感じたことを表情や泣き声でアウトプットしてくれるが、親である我ら夫婦も、残念ながらきちんと汲み取れてない。でも可愛い

 

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少し前に、ヒデヨシ氏が下記記事を投稿されていた。

いわゆる「無敵の人」的な人物が、子どもを襲うという、辛い事件が起きた頃の記事だ。内容はほぼ「無敵の人」についての語られているが、途中でヒデヨシ氏は、とある鍵アカウントのツイートを紹介した上で、次のように書かれている。

生まれたばかりの赤ん坊は本当に何もできない。
食事もできないし、トイレもできない。

立ち上がることもできず、言葉を話すこともできない。
泣いて、叫んで、誰かに一日中付きっきりで世話をしてもらわなければ、生きていくことはできない。

つまり、どんな人にも生まれたときには必ず、眠い目をこすりながら夜中にオムツを交換して、泣き止むまで抱っこして、ミルクを与えてくれた人がいたのだ。

愛がなければ何の見返りもなしに一日中赤ん坊を世話することなんてできないだろう。

(中略)

愛なしではできないことではないか。

愛されたことがない人は存在しない。
愛を忘れた人がいるだけなんだ。

初めてこの記事を読んだ時、私はまだ妊娠中だった。後に出産を終え、再読すると目頭が熱くなった。我が子をちゃんとお世話出来てるとは言い難いが、不器用なりにミルクやオムツ替えをしていく中、自分もまた、生まれたての頃、親達にこのように大切にされてきたのだと改めて感じた。

辛い事件や事故等、この先何があるか分からない不安はいつもある。先日我が子の腕がよく動き、薄手のブランケットが鼻まで覆ってしまった時は、ヒヤリとした。

今まで感じたことのない愛しいという感情と不安がごちゃ混ぜになり、度々涙する。だけど、泣いて気持ちが落ち着いたらまた、出来ることをやるだけだ。

 

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それはさておき、新生児のモテ具合は凄いと思う。

我が子に会いたい、新生児の赤ちゃんを見たいという、親族・友人・母の友人からのアポイントがいくつも入り、ぼちぼち我が子に会ってもらっている。

今の我が子は、可愛がられる以外に、生きる術がない。我が子が今こうやっていられるのは、これまで沢山の人の応援や支えがあったからで、これからもきっと親子共々そうだろうと思っている。

だから無理のない範囲で、お世話になった人達とのやり取りは意識していきたいと思う。まずはこの可愛い我が子を、感謝の気持ちを込めて、紹介しよう。

 

※「緑きりん」という立場の私を応援してくださっている方々にも、感謝の気持ちでいっぱいですが、匿名アカウントなので、SNS上で我が子についての情報を記述するのは控えさせて頂きます。何卒ご容赦ください。