私に価値があるかどうか分からないけど無いこともないかな

30歳代地味女による、自称ネガティブブログ。趣味は妄想。

「全部かわいい少女だがや!!」新井祥先生のこの台詞が好きです。


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新井祥先生の単行本新刊より。

この台詞がめちゃくちゃ好きなので、語らせてください。

 

↑トップ画像はこちらの単行本より。

今から約10年前に『性別が、ない!』全15巻を愛読していた者にとって、時の流れを良い意味で味わうことが出来ました。

 

新井祥先生の『性別が、ない!』についての感想や紹介はこちらの過去記事でまとめています。

 

【今回の見出し】

  • 何故、新井先生は「全部かわいい少女だがや!!」と言ったのか。
  • 「全部かわいい少女だがや!!」と言ってくれて嬉しかった。
  • 皆、可愛い少女だってことが、世間でも当たり前に共有されれば良いなぁ。

 

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何故、新井先生は「全部かわいい少女だがや!!」と言ったのか。

 

まずは、新井祥先生のこの台詞について説明します。

 

Dさん(※)が新井先生に次の相談をします。

「29歳で見た目おじさんですが、少女のようになりたい」

※Dさん→MtF(生まれつきの身体は男性だが性自認は女性)の方。

 

新井先生とやりとりしていく中で、Dさんのなりたい少女イメージが乃木坂46系の美少女だったことが分かり、新井先生が「これは選択肢狭すぎ!」とツッコミます。

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少女=美少女ではない、色々な女の子がいて、皆可愛い少女だ! 

と、新井先生は叫びました。

そしてDさんに「もし自分が生まれつき女性だったらどんな人生を歩むかを具体的に想像してみよう」と提案します。

するとDさんは、自分の身内女性を参考に「ボーイッシュで背が高くて、スポーツに打ち込む少女かもしれない」と想像しました。

新井先生はその延長上の女性を演出すれば良いとアドバイスしました。

今回に限らず、新井先生は過去作品でも同様のことを仰っています。

  • 中高年男性が女性の姿をする場合、旅館の女将さん風なら馴染みやすい。女性だからとギャル風にすると違和感が出てしまう。
  • 若い女性が男性の姿をしたい時は、10代男子風なら演出できる。大人の男性に合わせようとすると体格差が目立ってしまう。

※↑上記文は過去読んだエピソードを私なりに要約したものなので、この通りに新井先生が仰った訳ではありません。

 

違和感なく社会に溶け込め、その上で自分のなりたい容姿になれるか、ということを、新井先生ご自身も日々お考えになられているようです。

この考え方はLGBTに限らず、頭の片隅に入れて、参考にしたいなと思います。

 

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「全部かわいい少女だがや!!」と言ってくれて嬉しかった。

 

私がこの台詞を好きな理由は、とても嬉しかったからです。

少女と聞くと、頭の中で美少女をイメージするのは、Dさんに限らず、多くの方がそうではないでしょうか。少なくとも、私はそうでした。それ故に、美少女でない自分を恨みました。少女は美少女でなければならないという思い込みがありました。

その思い込みから、例えば学校の集団行動で、女子が自分一人の時、班の男子達から「あっちの班は良いなぁ。こっちは緑だぜ、あり得ね~」と思われていると勝手に決めつけていました。

じゃあ可愛いと思われるように努力しろよ、と言われるところですが、何もしなかった訳ではありません。ただ、自分が認める合格点が、現実の自分と明らかにかけ離れた容姿だったので、中学生では限界がありました。

【当時の合格点の条件】

  • 色白
  • サラサラストレートロングヘア
  • 二重パッチリ目
  • エスト激細
  • 眼鏡なし

【現実の自分】

  • 地黒
  • 変なクセがあって毛先がはねるヘア
  • 一重小粒目
  • エスト寸胴
  • クソダサ眼鏡ド近眼

高校でコンタクトレンズを使用しましたが、化粧をマスターしている上級者と比較していたので、全く歯が立ちませんでした。

 

そんな苦い思い出(被害妄想)があるため、今回の台詞は、当時の私や私以外の女の子達に聞かせてあげたいなと思いました。

ただ、いくら大人から「君達も可愛いんだよ」と言われても響かない可能性もあると思います。恐らく当時の私は「いや、そんなことないし……」とかひねくれそうです。何故なら、周りには自分と同じ少女しかいないからです。自分の価値を認識出来ず、非常に厳しい容姿競争世界を生きなくてはならないからです。

だから私も素直に嬉しいと思えたのは、大人になったから、なのかもしれません。

 

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皆、可愛い少女だってことが、世間でも当たり前に共有されれば良いなぁ。

 

↑私がこのブログを書こうと思ったのは、この記事を読んだからです。

ユニリーバのビューティーケアブランド「ダヴ」の調査(2017年)によると、日本の少女(10~17歳)の93%が容姿に「自信がない」と答えました。調査の対象となった14カ国のうち最も高い割合です。なぜ、日本の若者たちは自己肯定感が低いのか?

(中略)自信が持てないのは、世間並みの美しさを求めるからです。メディアやSNSに登場する俳優やアイドルから、そのイメージが作り上げられます。若い女性で言えば、『ぱっちり二重』『美白』『やせていること』が大事で、同じような顔や体形を求めます。そうした世間並みの美しさと自分を比べれば、自信を失ってしまうのは当然です。外見は本来、一人一人が違う多様なものですから

現代の少女達も、容姿に対する自信がなく、プレッシャーを感じているのです。SNSの普及、容姿レベルの向上もあり、私の頃よりも過酷な現状なのかもしれません。

 

私は少女は美少女でなければならないという思い込みがありました。

特に紅一点となると、主にドラマやアニメ等創作物では、必ずと言って良いほど、唯一の女性キャラは美少女或いは美人になります(にも関わらず、ブスや駄目女扱いされることも多々ある)。

うろ覚えですが、アメトーーークで戦隊モノ特集が放送された際、芸人さんがこのような内容を話されました。

「熱血漢もいれば、冷静なキャラや食いしん坊キャラもいる、そして女の子もいる。色々な子ががヒーローになれるんです」

うん、そうだと思います。でもどうして「色々」の中で女の子は一括りにされてしまうの? と少しモヤりました。確かに戦隊モノの女性戦士はほぼ全員ピンクが似合う可愛い女の子キャラとして描かれるんですよね。女の子二人体制も時もありますが、結局もう一人可愛い女の子が増えただけです。

(最近はイケメン俳優登竜門になっているので、容姿が三枚目な男性戦士も少ないですけどね)

 

このように、大なり小なり「少女は美少女でなければならない」という雰囲気が世間的に広がっていた印象がありますが、昨今は「美しさの多様性」について、表現されてきているように思われます。

今を、そしてこれからを生きる少女達には「手足が短いちびっこも、背が高くて体格がしっかりした子も、漫画やラノベを読んで泣いちゃう子も、短髪で日焼けしている体育会系の子も、全部可愛い素敵な少女なんだよ」と言うことを知ってほしいです。自分に自信を持って、堂々とやりたいことをやってほしいと願います。

 

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下記リンク先は、私の10代の頃のモヤモヤをまとめた過去記事です。

現実と理想と創作物との区別が出来ず、思い込みからの被害妄想に苦しんでいた、今振り返ると下らない話なんですが、当時は深刻な悩みだったんですよね。

 

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