私に価値があるかどうか分からないけど無いこともないかな

30歳代地味女による、自称ネガティブブログ。趣味は妄想。

誰かの才能を開花させることは、実は物凄く難しくて重要だと思った。

久しぶりに『レミーのおいしいレストラン(2007年)』を観ました。10年以上前の作品ということに色々衝撃でした。

当時はレミーの頑張る姿が可愛く、CGの料理が美味しそうで、それを楽しみながら観ていました。

約10年振りに観ると、別の視点が出来たのでネタバレ無し感想文として、まとめることにしました。

 

レミーのおいしいレストラン [DVD]

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【今回の見出し】

  • 才能は一人では開花しない。
  • 機会を与えることはとても難しい
  • 才能ある者も、与える者も、完璧な存在ではない。
  • 与える者は、支配してはいけない。
  • 誰もが、与える者になれるし、奪う者にもなる。

 

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才能は一人では開花しない。

 

この作品には2つのメッセージが込められていると素人なりに思いました。

1つは「努力して、勇気を出して前に進めば、夢を叶えられるかもしれないよ!」という、子どもや若者に向けたであろうメッセージ。

もう1つは「どれ程才能に恵まれた存在でも、それを開花させる機会や環境を誰かが与えなければならない」というどちらかと言えば大人に向けたメッセージ。

 

レミーは優れた味覚と嗅覚を持つネズミでした。しかも人間の言葉を覚え、読む・聞くスキルを修得し、高級レストランの雑用係リングイニの協力の元、どんどん料理の道に進んでいきます。

このように書くと、あたかもレミーのサクセスストーリーのようです。しかしレミーはネズミなので、人間から見れば駆除対象です。作中、レミーは何度も殺されそうになります。何故ネズミの彼は成り上がったのか、それは彼を生かし、調理の機会を与えてくれるリングイニという人間がいたからです。リングイニがいなければ、優れた味覚も嗅覚も料理センスも、全く世に出ることなく、消えてしまっていたのです。

そう考えるとリングイニがいかに重要な存在だったかが分かります。

 

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機会を与えることはとても難しい

 

リングイニの存在はとても重要ですが、同時に彼の判断は非常にリスクが高いものだったと言えます。厨房にネズミがいたと分かれば、衛生上の問題からレストランは営業停止になります。リングイニは絶対にレミーのことがバレないようにしないといけませんでした。しかも相手は人間の都合なんか知ったこっちゃないはずなんです。それでも彼はレミーに賭けたのです。

話がそれますが、アメトーークの競馬芸人で、歴代最も高価な馬がデビュー前に走れなくなり、賞金を1円も稼ぐことが出来なかったというエピソードを紹介されていました。

高価で買われたということは、それだけ血統が良く、期待された馬だったのです。しかし馬主にとって大きな経済的損失という結果になりました。

このように才能ある者、可能性ある者に機会や環境を与えることは、結果がどうなるか分からない投資やギャンブルに近いことなのかもしれません。

それでも誰かが与えなければ、優れた才能は世に出られないかもしれないのです。

 

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才能ある者も、与える者も、完璧な存在ではない。

 

レミーもリングイニも、全てが順調だった訳ではありません。

レミーはネズミという立場故に、人間のルールを守りきれないことがありました。リングイニもまた、不器用なのに調子に乗ってしまう性格が悪い方に出てしまう場面がありました。

天才だから、才能があるから、何もかも完璧とは限りません。不完全なところもあって当然で、周囲はどうやってフォローしていくかが重要になってきます。そして、天才を支える側も、完璧ではないので、時に相手を傷付けてしまうこともあります。

そうやって、お互いの駄目な部分と向き合うことが成長していくために必要なのかもしれません。

 

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与える者は、支配してはいけない。

 

才能ある者に機会を与える者は、与えることにより、相手の才能を支配しようと考えてはいけないと思います。

レミーの才能に気付いたキャラクターはそれぞれの方法で、アプローチをします。

  1. レミーの命と引き換えに、料理の才能を自分の利益の為に使えと脅す。
  2. レミーにシェフとしての道筋を与え、料理を作らせる。

前者はレミー支配下に置き、独占しようとしますが、自由を奪われた才能が、良い方向へ発揮できるかは疑問です。

むしろ後者のように、レミーが伸び伸びと料理が出来るようにして、自分への直接のリターンは二の次位に留めた方が、才能はより大きく開花するのではないかと思います。

環境や機会を与える者は、あたかも自分が優位に立つ、相手の才能は自分のものと錯覚しがちかもしれませんが、それは違います。お互いが人として対等であることを忘れてはならないでしょう。

※余談ですが、馬主と馬の関係は支配と言えます。競争馬は家畜、経済動物なので。

 

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誰もが、与える者になれるし、奪う者にもなる。

 

機会と環境を与える者は、特別な存在でないといけないように思えてくるかもしれません。確かに、投資家、指導者、上司等々、簡単になれるとは限らない場合もあるでしょう。

しかし私は、次の立場の方々も与える者であると考えます。

顧客、視聴者、ファン、ユーザー、スポンサー、親・保護者

才能の恩恵を受ける為の対価を払う者も、立派な与える者なのです。

レミーの場合、レストランにお客が来て、料理を食べてくれないと成立しないし、代金を払ってくれないと継続が出来ません。

なので、私達は自分の懐と相談しつつも、好きなものや素晴らしいと思うものに対しては、料金を払うことが大切なのです。

外食は料金発生がイメージしやすいです。しかしインターネット上で、簡単に画像も動画もテキストも見られる時代では、作品を見る読む為の対価について、考えが疎かになりがちなような気がします。

対価を払わないことは、才能を持つ者や作品そのものを潰すことに繋がりかねないと意識しなければならないと思います。

 

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久しぶりに『レミーのおいしいレストラン』を観た感想を一言で述べるとするならば「映画製作スタッフの心の叫び」です。

ラストのあの場面は、クリエイターの想いを代弁させているかのようです。

 

 

どの回か忘れましたけど、ブラックマヨネーズの吉田さんの言葉が個人的に好きで印象に残っています。以下うろ覚えの要約です。

「俺は無料AV動画が嫌いだ。無料ばかりで、お金を払わなくなると、AV業界が経営しんどくなって、AVに出演してくれる女優さんがいなくなってしまったらどうするんだ?!」

これこそまさに、奪う者ではいけないということなんですよね。

 

 


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ねほりんぱほりん - NHK

このゲストの方々は、天才に機会と環境を与える存在ですね。

彼女達が世界中どこでも会場に駆けつけ応援してくれるから、沢山の関連グッズを買ってくれるから、羽生選手はモチベーションや経済面を維持して、活動できるのだと思います。

YOUさんが最後に言った「これだけのもの(熱心で素晴らしい沢山のファンとファンからの期待)を、羽生選手は背負っているんだね」と台詞は実に考えさせられます。

そのファンの想いに応え続けている羽生選手は、真の才能ある者なんだと痛感します。

 

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(ちょっと古い映画ですが)主人公が自身に秘めた才能を開花する時、必ずと言って良いほど、傍に主人公の才能に気付き、伸ばした指導者的存在がいるんですよね。

この存在、本当に大事ですね。でないとストーリーが進まなくなりますし。