私には価値が無い。

30過ぎの地味女が気持ちを整理する為、ネガティブを綴る。読んでくださった方の反面教師になれれば幸いです。

ちきりんさん著『マーケット感覚を身につけよう』の感想文を引用無しで書いてみたい。

ちょっと前に、ちきりんさんの下記ツイートを読み、読書感想文を書いてみたいと思った。

 

ものは試し。出来映えは置いといて。

ちきりんさんのこちらの本について感想文を書いてみる。

 

 

頑張って引用無しを目指す。

 

今回の見出し

  • マーケット感覚の前に必要なもの。
  • 学校て、意味あるの?
  • 慎重さは忘れないようにしたい。

 

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マーケット感覚の前に必要なもの。

 

マーケット感覚とは、価値に気付く、活かすことと私は思った。

価値、私はこの言葉が苦手だ。

だから、こんなブログタイトルになる。

 

自分に価値がないと思う=自己肯定感が低い。自信がないということだ。

自分を肯定できない人は、自分や世の中にある価値を見出だし活かすことは難しいだろう。

例えば、会議である考えが浮かんだとする。だけど「どうせ大したことない」と発言する前に自分で決めつけてしまう。

または、面白い作品を見つけても「他の人はそう思わない」と考えたり「自分がこの作品を紹介したら、かえって作品や作者に対して失礼ではないか」と思ったりしてしまう。

 

私は「これが好き」と言うのが苦手だ。

子どもの頃、主に親(もちろん悪気はないが)から、私の好きなものを批判・否定的に言われることが何度かあった。

私は「うるせー、何を言われようと私はこれが好きなんだ」と思える子どもではなかった。どちらかと言えば、素直で大人の言うことは絶対だった。

商品カタログを母と一緒に眺めながら、どのデザインが一番良いか、せーので指差しした。

私が選んだものを見て、母は「(きりんが選んだものは)随分派手ね」と言った。

「派手」は誉め言葉ではないと子ども心に感じた。「これを選んだ自分は恥ずかしいんだ、駄目なんだ」と思った。

 

そんな小さな積み重ねが、私に「自分は何をしたいのか、何が好きなのか」と考え行動するということを苦手にさせた。

「好き」「したい、やりたい」という気持ちは、自分も他者も肯定することに繋がる。そして、肯定しないと価値は埋もれたまま、姿を見せないのだ。

なので、マーケット感覚より先に、自己を肯定できる、好きなものを好きと言える気持ちを持った方が良いと思う。でないと、思考も行動もストップしてしまう。

 

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学校て、意味あるの?

 

マーケット感覚を磨くには、市場性の高い環境に身を置き、失敗も経験しながら鍛えていく必要があるそうだ。

市場性の反対は規制社会。法律やルールで決まっていることだ。

そして市場性の低い環境例として、日本の学校が挙げられている。

与えられるタスクやゴールは決まっている。容姿と運動神経とノリの良さと成績で、クラス内の上下関係が決まる。

クラス上位に立てることは、大きな自信に繋がったり、人脈を持てたりするから、市場社会でも活躍できるチャンスがある。しかし、クラス内上位という立場に依存し、自力で自信を保てない場合は、大海のごとき市場社会では厳しいだろう。

クラス内下位の人達の場合。

ヒエラルキーは限定的な要素で決まる。勉強を頑張っているのに運動が苦手だから、アニメ漫画が好きで見た目が暗いから、下位認定される。

「周りなんか気にしない」という感覚は、自分に自信を持てないと得られない。自信は誰しも都合良く自発的には生まれる訳ではない。他者が自分を肯定してくれて初めて生まれるのだ。

下位とされる人達は、一日の大半を劣等感に晒される。「学校で友達やクラスと楽しくちゃんと過ごす」が正しい姿とされ、大人から指摘されたり、親を心配さてはいけないと自分を偽ったりしてしまう。

ただ、下位の人達でも共通の趣味を持つ者同士で固まることが出来れば、そこで楽しさや自分を肯定するきっかけが生まれることもある。やがてクラスのヒエラルキーの無意味さに気付き、気にならなくなるかもしれない。

大変なのは、中位の人達かもしれない。

可もなく不可もない。学校の治安は彼らによって支えられている。クラス上位はいわゆるやんちゃグループで教師の都合に合わせないこともある。それらを静かに見守る・見過ごすのが中下位スキルだ。

学校現場にとってありがたい人達が最も市場性を学びにくい環境にあるのが心苦しい。下位に落ちることを恐れ、上位から睨まれないように気を配る。教師や親から与えられるタスクをこなし、周りの顔色を伺う。

そんな人達がいざ市場社会という大海を目の前にした。水上にレールは敷かれていない。

上位はウェイウェイサクサクと、下位はひっそり独自の方法で、船を作ったり手に入れたりしてるかもしれない。(全員ではないと思うが)

今、市場社会で活躍してる人達って、どこまで学校や大人の言うことを、聞いていたのか気になる。独自で学んだから成功したとなると、学校の意味あるの? と思ってしまう。

とは言え、世の中を学ぶ機会を、平等に作ってくれる学校・教育の存在は大きい。課題なのは、これからの世の中にどれだけ学校が適応出来るかなんだよね。

 

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慎重さは忘れないようにしたい。

 

マーケット感覚を鍛え、市場性の高い社会を生きること、これはとても良い考えだと思う。

この本に書かれている内容はなるべく早い内に読んで、若い方は今後の将来について考えてほしい。

前半で私は「マーケット感覚を身に付けるには、自分を肯定する、好きなものを好きと言えることが大事」と書いたが、逆も良いかもしれない。「世の中は市場社会だ。だからどんどん自分の好きなことやりたいことに挑戦して失敗を経験するんだ。恥ずかしいことじゃないよ」というメッセージが、周りの空気を読んで目立たぬようにしたいる子ども達に勇気やきっかけを与えられるんじゃないかと思う。

そして、私は応援したいのと同時に慎重にしてほしいと願う。

これからの市場社会は、インターネットが必須となる。今の若い方にとって、ネットは身近なので、一昔前に比べたらきっと挑戦しやすいだろう。だけど犯罪に巻き込まれないようにだけは気を付けてほしい。

自分が被害・加害側いずれにもなってしまう危険性がある。場合によっては、一生自分や周りの人を苦しめる結果になるかもしれない。

犯罪リスクと失敗は違う。

でも、そういうことをどこで学ぶのか。いきなり市場で学ぶにはちょっと危なっかしい。

だから、規範・規制社会も必要なんだと思う。市場に比べればはるかに安全であろう学校社会や公的に近いコミュニティの中でまずは学んでほしい。ただ、そこが全てではないことも知っていてほしい。

ルールを守り、自由に楽しく、市場社会という大海を生きてほしい。

私のように手遅れにならないうちにね。

 

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ちきりんさんのブログ

全部は読めてないけど、たまに読んで勉強させてもらっています。

最近はこの記事が興味深いなと思いました。ちょい前のものですが。

公務員の仕事はこれからマジ大変 - Chikirinの日記

 

今回の読書感想文の内容に若干関係するブログ内過去記事

【レビュー】『教室内カースト』を脳内吐血しながら読んだ - 私には価値が無い。

好きなものを好きと言うこと。 - 私には価値が無い。

 

最近、Twitterでツイートしてから、ブログ書くことが多いです。