私には価値が無い。

30過ぎの地味女が気持ちを整理する為、ネガティブを綴る。読んでくださった方の反面教師になれれば幸いです。

宇多田ヒカルの『花束を君に』を聴くと、祖母の葬式を思い浮かべる。

 電車等、移動中に音楽を聴くのだが、ここ最近は宇多田ヒカルさんの曲を聴いている。

その中の『花束を君に』を聴くと、いつも思い浮かぶのは、祖母の葬式だ。

今回は、思い出話をつらつら書こう。

 

花束を君に

花束を君に

 

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普段からメイクしない君が薄化粧した朝
始まりと終わりの狭間で
忘れぬ約束した

これは、『花束を君に』の歌い出しの歌詞だが、この一番初め「普段からメイクしない君が薄化粧した朝」を聴いた瞬間に、棺桶に入れられた祖母の姿がぶわっと画像として、脳から出てくるのだ。
祖母は20年以上寝たきりだった。

会話も出来ない。私が見ていた祖母の姿は、寝てるか、うっすら目を開けているかのどちらかだった。

顔を動かさないからか、祖母の顔に目立ったシワは見当たらなかった。

祖母が永眠し、棺桶に居る彼女の顔に、白粉と紅が塗られていた。

生前彼女が最後に化粧をしたのはいつだろう。私含め若手親族達は、祖母の化粧した姿をその時初めて見たんじゃないかと思う。

ある意味、私達にとって最初で最後の祖母の化粧が、死に化粧とは、何だか切ない気持ちになった。

祖母との記憶が私にはほとんどない。唯一祖母とのやりとりで覚えているのは「お腹が痛い時は、こうやってお腹を抱っこするのよ」と、お腹の前で両腕を組んでいる姿だ。

子どもの頃、お腹が痛い時は両腕でぎゅっと自分抱き締めていた。

それくらいしか覚えが無いのに、式の最中私は、小さく声を出しながら泣いていた。

 

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死者を弔うということ。

 

祖母の葬式で、印象に残ったことがある。

棺桶に入れられた祖母は、とても綺麗な着物を纏っていた。

伯父が「母の着物の中で、一番上等なやつを着せた」と言っていた。

不謹慎だが、火葬するので、残らなくなる。

それでも一番高価なものを、死者に纏わせるということ。

そう言えば、映画『おくりびと』でも、音信不通の家族の棺桶を選ぶ際、一番上等なものを選んでいた。

 

弔うとはどういうことか、私は多分良く分かってない。でも、そういった選択が当たり前に出来る人間、そんな人間関係に私はなりたいと思った。

 

祖母、そして家族親族が教えてくれたことは、きっと思いの外に大きい。

 

 

おくりびと [DVD]

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Fantôme

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 ↑今だから身に染みる名曲揃い。

宇多田ヒカルさんは今も昔も素敵です。

 

↑祖母と親族についての別話について書いてます。

 

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