私には価値が無い。

30過ぎの平凡地味女が自身の気持ちを整理する為、ネガティブなことを書く。

好きなものを好きと言うこと。


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毎回冒頭に掲載する画像は、フリー素材を活用させてもらっています。いつもありがとうございます。

画像はイメージです。本文とは直接関係はありません。

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このブログは精神の波から生まれた

数日前まで、ほぼ毎日投稿してましたが、今は落ち着きました。

 

なぜなら、精神が落ち着いたから。

私は生理1週間前になると、精神に揺らぎが生じる。

すると相手からの些細な発言に、必要以上にダメージを受け、ネガティブ思考を量産し、一人で勝手に苦しんでいました。

 

生理が始まり、体調は万全ではないですが、気持ちは穏やかです。表情や声色も先週より少しは柔らかくなっているでしょう。

 

体調を言い訳にするな。

気分屋は周りに迷惑。

社会人としてはそれはどうかしている。

 

そう思われても仕方ない。

私は比較的生理周期が安定しているので、「あ、ネガティブ思考期だ 」と何となく頭のどこかで分かっている。だが、完璧な事前対策をして全く影響させない、ということが出来ない。それが私の問題点と指摘されれば、「はい」と言って凹むしかない。

一応、受診して薬を継続的に服用している。

なので、服用前より波の上下はマシになっている。

 

でもこんな感じです。

本当にすみません。

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今回はちょっと前向きな話。でもスタートは母台詞から。

 

ネガティブワードがイマイチ浮かばないので、今回は少し前向きな話をします。まずは母台詞からお送りします。

 

最近ほとんど描いていないが、 私は絵を描くのが好きだ。学生の頃、通信教材で少しだけ勉強したこともある。(途中退会した)

 

だが、上手くはない。普段絵を描かない人が見れば上手に見えるかもだが、絵を描く側からすればからっきしだ。

 

絵を描くのが好きなのに、何故そこまで上達しなかったのか。

それは、私は絵を描くことが恥ずかしいと思っていたからだ。

学校の美術の授業で描いてコンクール受賞する絵は恥ずかしくない。でも、漫画的なイラストを描くことは恥ずかしいと思っていた。

 

小学生の頃、私は自分なりにとても可愛く丁寧にセーラームーンを描いた。

そして母に見せた。

私は「可愛いね。上手だね」と言われることを期待していた。だが、母から返ってきた言葉はこうだった。

 

「肩が変。

ここはこうなっているし、ここはこうだし・・・」

 

母からのダメ出しに私は絵を見せたことを後悔した。それからごく一部の友人を除き、自分の絵を誰にも見せなくなった。

美術の授業など、人に見せる絵を描く場合は、自分の好きなイラスト風ではなく、違う画風でごまかした。

だから授業で、イラスト風の絵を普通に描いている人を見て、「恥ずかしくないのかな?」と思う反面、羨ましさと凄さを感じた。

 

母はそこそこ工作や美術が得意で、私と同じくイラストも描いていたらしい。だから、純粋に絵をおかしなところを指摘しただけだったのだが。

 

そんな小中高を過ごし、大学に入学した私は、周りにいるJD達が堂々と上手にイラストを描くのを見た。

 

コピック、ペンタブ、pixiv???!

聞いたことはあるけど、自分とは無縁だと思っていた。

だが、違った。

当時でも、高校の頃からパソコンとペンタブを繋ぎ、pixivにカラーイラストを投稿している人は沢山いたのだ。

 

私は自分の世間の狭さと、画力の拙さを恥じた。見せることが出来たのは、中学時代からのごくごく一部の友人だけだった。

 

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恥ずかしくて、「私は○○が好き」と言えなかった頃

 

絵の描くことを隠して隠して、楽しかったか?

楽しくない。こそこそと惨めだった。

 

思えば、私が好きなもの、絵を描く・お話を考える・漫画・アニメ・ゲーム。

これらは人前で言うのも見せるのも恥ずかしいものと思っていた。

だから、隠れてこっそり目立たないようにやっていた。誰とも交流せず、切磋琢磨せず、上達もしなかった。そして、気付いた時には、とても口に出せるレベルではなくなっていた。

「何で私の趣味はこんなのばっかなの?」

「こんなことが好きだから、恋愛も出来ないんだ」

自分の好きなことが、憎い時期もあった。

 

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「自分の好きなものをちゃんと好きと言える人間になろう思う」

 

好きなものが私にとって恥ずかしいもの。

こんな考えは、幸い少しずつ解けていった。

私よりもずっと素敵なキラキラした子が、当たり前のように漫画に萌えている。

イラストを描いて、それを自費で本にして他人に見せている。

キャラクターになりきって、写真を撮っている。

 

クールジャパンの風潮も出始めたのもあるかもしれない。私は「別に恥ずかしいものじゃないんじゃ?」「好きなものを好きと言うのは恥ずかしいことではない」と思うようになってきた。

 

そんな過渡期に、私はLと久しぶりに会った。

Lは、前職の同期だが、配属先が異なる為、頻繁に会うことはなかった。

私から見るLの印象は、とにかく格好良く、自分をしっかり持っている人、だった。

Lは、ボーイッシュ、マニッシュな服装をしていた。当時の私は、「恋愛=モテ服=ゆるふわ=女として当たり前」という固定概念があり(かと言って実践していた訳ではない)、Lを見て、女らしくない。恋愛無縁そうと思っていたが、彼女は学生時代から恋人がほぼ途切れることなく、恋愛も嗜んでいた。

 

沢山の本・漫画・詩を読み、映画・音楽を楽しみ、勉強家で教養深い彼女。

Lの家に遊びに行った。

手作りやもらいものや買い揃えたインテリア。ワインボトルに気に入ったイラストを入れて飾っていた。

彼女の好きなもの、こだわりのもので囲まれた空間は、とても心地良い。

彼女はきっと、自分の好きなものに対してただ素直なだけなのだ。

周りの見る目など気にせず、自分がしたいことを自分で考えて行っている。

そんな人なのだ。きっと。

 

彼女の家で、私は酒を飲みながらつぶやいた。「自分の好きなものをちゃんと好きと言える人間になろうと思う」

Lは優しく返してくれた。「そうだね。良いことだと思うよ。

緑は仕事辞める時、凄く辛そうだったけど、今は大分良くなってて、本当に良かった」

 

あれからLとは会っていない。

また会えた時、私は彼女と何を話そうか。

 

という訳で、好きなものを好きと言う、当たり前過ぎることがここ最近まで堂々と出来なかった私。

今はとても楽で楽しくて、少し後悔している。

あの頃、もっと自分の好きなものに素直になれていたら、私はどんな風に生きていたのだろうか。

だけど、今の私も悪くはない。改善は必要で、崖っぷちであることには変わりないかもだけど。

 

長文、お粗末様でした。

 

 

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山月記

山月記

 

↑国語の授業でこの話を読んで、己と虎を重ね、胸を痛めた記憶がある。