私には価値が無い。

30過ぎの平凡地味女が自身の気持ちを整理する為、ネガティブなことを書く。

宇多田ヒカルの『花束を君に』を聴くと、祖母の葬式を思い浮かべる。

 電車等、移動中に音楽を聴くのだが、ここ最近は宇多田ヒカルさんの曲を聴いている。

その中の『花束を君に』を聴くと、いつも思い浮かぶのは、祖母の葬式だ。

今回は、思い出話をつらつら書こう。

 

花束を君に

花束を君に

 

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普段からメイクしない君が薄化粧した朝
始まりと終わりの狭間で
忘れぬ約束した

これは、『花束を君に』の歌い出しの歌詞だが、この一番初め「普段からメイクしない君が薄化粧した朝」を聴いた瞬間に、棺桶に入れられた祖母の姿がぶわっと画像として、脳から出てくるのだ。
祖母は20年以上寝たきりだった。

会話も出来ない。私が見ていた祖母の姿は、寝てるか、うっすら目を開けているかのどちらかだった。

顔を動かさないからか、祖母の顔に目立ったシワは見当たらなかった。

祖母が永眠し、棺桶に居る彼女の顔に、白粉と紅が塗られていた。

生前彼女が最後に化粧をしたのはいつだろう。私含め若手親族達は、祖母の化粧した姿をその時初めて見たんじゃないかと思う。

ある意味、私達にとって最初で最後の祖母の化粧が、死に化粧とは、何だか切ない気持ちになった。

祖母との記憶が私にはほとんどない。唯一祖母とのやりとりで覚えているのは「お腹が痛い時は、こうやってお腹を抱っこするのよ」と、お腹の前で両腕を組んでいる姿だ。

子どもの頃、お腹が痛い時は両腕でぎゅっと自分抱き締めていた。

それくらいしか覚えが無いのに、式の最中私は、小さく声を出しながら泣いていた。

 

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死者を弔うということ。

 

祖母の葬式で、印象に残ったことがある。

棺桶に入れられた祖母は、とても綺麗な着物を纏っていた。

伯父が「母の着物の中で、一番上等なやつを着せた」と言っていた。

不謹慎だが、火葬するので、残らなくなる。

それでも一番高価なものを、死者に纏わせるということ。

そう言えば、映画『おくりびと』でも、音信不通の家族の棺桶を選ぶ際、一番上等なものを選んでいた。

 

弔うとはどういうことか、私は多分良く分かってない。でも、そういった選択が当たり前に出来る人間、そんな人間関係に私はなりたいと思った。

 

祖母、そして家族親族が教えてくれたことは、きっと思いの外に大きい。

 

 

おくりびと [DVD]

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Fantôme

Fantôme

 

 ↑今だから身に染みる名曲揃い。

宇多田ヒカルさんは今も昔も素敵です。

 

↑祖母と親族についての別話について書いてます。

 

Twitterやってます。

 

 

本家の嫁って、大変だ……。


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私の両親にはどちらも長兄がいる。そしてその長兄が本家の家長となった(本家=盆正月法事に親族一同が集まる家と捉えてください)。伯父の妻、私にとって義伯母にあたる女性は、本家の嫁になる。

先日母と会話した時、義伯母の話題になった。その時私は子どもの頃に感じなかった義伯母の苦労を思った。今回はそれを書き連ねたい。

※呼び名・肩書きは原則私目線で書きます。

今回のポイント

  • バリキャリ&本家の嫁。超ハードワークな義伯母。

  • 20年以上続いた介護&本家の嫁。全てをこなした義伯母。
  • 実家を失った私の両親。

 

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バリキャリ&本家の嫁。

超ハードワークな義伯母。

 

父方本家の嫁、楓さん(仮名)。今でいうバリキャリタイプで、子どもを産み育てながら、フルタイムの夫婦共働きだった。本家で祖父母と同居していたので、いとこの面倒は祖父母が見ていた。

楓さんはとてもサバサバしていて、家事も一人で完璧にこなすタイプだ。義妹にあたる母は、父方本家にいる間は少々気を遣うようだった。

生まれたばかりの第1子を連れて、父方本家に1週間程滞在したそうだが、祖母からは「楓さんの手伝いをしなさい」と言われ、楓さんからは「手伝わなくていいわよ。あなたはゆっくりしていて」と台所に入れてもらえなかった。板挟みになった母はノイローゼになりそうだったと語った。

 

私も楓さんに対して、苦手意識を感じてしまうことがあった。

本家で法事をすることになった際、私達家族も手伝う側として参加した。

「きりんさん、これを〇〇して」と楓さんにお願いをされたのだが、私は何のことか分からずポカンとした。すると楓さんは「じゃあ、もういいわ」とパパッと自分でやってしまった。私は「使えない、役に立たない奴」とレッテル貼られたのだろうかと、被害妄想した。

あの時の楓さんは、とにかく凄かった。

食器棚の一番上から、大量の湯呑みを出し、お盆を何枚も用意し、来客に茶を出す。

法事後、大量に残った花束を、物置から壷や大きな花瓶を持ってきて、わっしゃわっしゃと生けていく。猛スピードでこなすのに、雑にならずに、玄関や仏壇周りを花で飾った。

 

楓さんの凄さを実感したのは、大学生の頃にようやくだった。

それ以前の私は、気の利かない馬鹿で図々しく可愛げもなく、暗くてブスな姪だった。

子どもの頃、家族全員で本家に帰省し、楓さんが用意した夕食を頂いた。手作りソースが辛くて私は「辛い」と言った。私の親やいとこが「キャベツと一緒に食べると良いよ」とフォローしたにも関わらず、食べ終わった私は「ご馳走様。あー、辛かった」と言った。夕食後、両親から「折角、楓さんが作ってくれたのに、あの態度は何なんだ」と物凄く注意を受けた。激しくKYな自分を猛省した。

 私にとって本家は、正直居づらい場所でもあった。

皆とてもきちんとした方々だったので、緊張した。祖父母はそれなりに父や私達が会いに来てくれることを喜んでくれていたと思う。だけど、本家には賢くて可愛いいとこがいるので、私達が来たところで「孫、万歳!」とはならない。私達よりいとこの方が何百倍も可愛いに決まっているからだ。

後に母から聞かされた話がある。

私が子どもの頃は1~2年に1回は帰省していた。そのことで父は伯父に注意を受けた。

「お前達が何日も滞在すると、楓は休めなくなる。楓は普段働いていて、盆や正月は貴重な休みなんだ。だからもっと気を遣え」

伯父はとても優しい方だった。だからこそ、妻である楓さんのことを考えて、実の兄弟である父に苦言を呈したのだと思う。

その時私はようやく、楓さんの苦労を思った。そして「自分が本家にいる意味の無さ」を感じた。歓迎されてもいないのに、なぜ帰省しないといけないのかと思った。

もう10年近く、私は父方本家に行っていない。物理的に遠いというのもある。会う回数が少ない故に、一方的な被害妄想で楓さんや本家を悪く書いてしまっている。だけど実際は違う。向こうからすれば、私は気の利かない役に立たない親族だ。

それでも、楓さんや本家の方々は義理深い。何年も帰省していないのに、毎年地元名産品を送ってくれる。母方親族に不幸があった時、上質な弔電を送ってくれた(遠方過ぎて、行くことは不可能)。

もし次に楓さんに会うことがあったら、私は土下座しないといけないかもしれない。

こんなクズな姪で申し訳ございません、と。

ただ楓さんには、素敵ないとこがいる。いとこは素晴らしい結婚相手を見つけ、もうすぐ子どもが生まれる。どうか楓さん、可愛い孫を抱きながら「それに引き替え、あそこの家の子はどうしようもないわね。きりんさんは30過ぎているのにまだ結婚もしないのよ」と、思う存分鼻で笑ってほしい。

私には、それ位にしか価値がない。

 

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20年以上続いた介護&本家の嫁。

全てをこなした義伯母。

 

次に母方本家の嫁、紅葉さん(仮名)について書こう。

母方本家は電車や車ですぐに行ける場所にあった。母方祖母が在宅介護を受けていたので、母はよく本家に帰っていた。盆正月には家族で行った。

紅葉さんは勉強家・努力家だった。もしかしたら、学生時代に専門的な勉強をされていたのかもしれないが、祖母の在宅介護の為に、独学でケア方法を工夫していた。自力で身体を動かせない祖母の為にリハビリグッズも手作りしていた。

紅葉さんと伯父が結婚して間もなく、祖母は病で要介護になった。私が小学生の頃には、本家に介護用ベッドが置かれた。祖母は会話もできなくなっていた。私より年下の兄弟や親族達は、祖母が普通に会話している姿を見たことがないかもしれない。

数年前に祖母が他界するまで、紅葉さんは20年以上在宅介護をしていた。ショートステイや訪問サービスを利用し、私の母等親族も協力していたので、紅葉さん家族は介護だけに追われる生活はしていないようだった。

とは言え、紅葉さんと伯父の苦労は絶えなかっただろう。本家なので、盆正月法事の際は、たくさんの湯呑みと和菓子を用意し、来客や親族に振る舞った。長年本家でお世話になっているお寺のしきたりやルールの細かさにも、夫婦は柔軟に対応していった。

 

紅葉さんについて、忘れられない言葉がある。

祖母の葬式が終わり、直近親族が本家で一息ついていた時、紅葉さんは言った。

「介護は大変だったけど、お義母さんがいたから、こんな風にこの家に親族が集まってくれて、家族親族と関わることができた

涙を浮かべながら紅葉さんは言ってくれた。それを聴いた私は救われたような気持ちになった。もしかしたら母もかもしれない。

紅葉さんは本家の嫁という立場故に、祖母の介護をせざるをえなかった。親族、特に母は紅葉さんに遠慮する場面も多かったと言う。だけど、紅葉さんはこれまでのことを全て肯定してくれたような気がした。

相変わらず愛想が良い姪ではない私だが、紅葉さん・伯父には頭が上がらない思いでいっぱいである。

 

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実家を失った私の両親。

 

最後に私の両親について書きたい。

長兄が本家の家長になると、親の面倒等を長兄夫婦主導で行うことになる。

楓さんも、祖父母と楓さんの実親、両方の面倒をみないといけなくなっていた。それも仕事を続けながらだ。ほとんど帰省しなくなった頃の話で、詳細を私は知らないのでここでは割愛する。

私の両親は本家に常に気を遣っていた。「私はこの家に生まれた人間だから」と図々しく振る舞うタイプではなかった。特に母は、紅葉さんが自分の母親の介護をしてくれて、自分はその手伝いという構図である以上、強く主張することはなかった。

 

多分、私が中学生位だった頃と思う。

土日なので、久々に家族で母方本家に顔を出すことになった。しかし当日、母がドタドタと私の部屋に入ってきた。 

「兄から連絡があった。用事でバタついているから、今日は来ないでくれと言われた。

私の実家なのに、どうして帰れないの!?

そう言って母は私の前で泣き出した。伯父からすれば全く悪意はない。どうしても都合が悪くなっただけなのだ。

だが、母にとっては「自分には当たり前のように帰られる場所がない」という真実を突き付けられた瞬間だったのかもしれない。

泣いている母に、私は何も声をかけることができなかった。

 

父方本家では、祖母が体調を崩す等色々要因があり、連絡窓口は楓さんのみになった。メールやLINEのやりとりは、父方本家の方々との間で形成されていないようだ。

恐らく父は、会いに行く以外の方法で、自分の母の様子を直接知ることができない状態になっている。父は多忙を理由に頻繁に会いに行けてはいない。これは悪い意味ではなく、父方本家の配慮や気遣いでもあるのだが、実母の様子をすぐに伺えない父は今、どういった気持ちなのだろう。

 

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悪い人は誰もいない。

でも、誰もが苦しさを抱えている。

 

今まで書き連ねてきた親族達。

誰も悪い人はいない。皆、人として立派な方々ばかりだ。お互いを気遣う気持ちを持っている。だけど、本家もそうじゃない家も、何かしら苦労や辛さを抱えている。誰のせいにもできないでいる。

子どもの頃の私は単純で馬鹿だったので「自分と遊んでくれない、お小遣いもくれない父親本家は最悪!」と思っていたが、それがどれだけ浅はかで愚かな考えだったか。

 

結論、この親族間にあるモヤモヤは、愛想良い孫・姪・娘として、振る舞えない私が悪いことにしよう。

私がちゃんと働いて、素敵な旦那様を見つけて、子どもを産んで、お化粧・おしゃれして、ニコニコと親族達の前に立っていたら、多少空気は明るくなっただろう。

それを一切しない私が悪いことにして、今回は終わりにしよう。

誰かのせいにするストレスは結構大きいからね。ただし、自分のせいにしたところで、何ら改善策はない。

 

皆様、良き夏を。

 

Twitterでも、お盆らしく、親族ネタをぼやいてます。

 

 

お酒とは一生仲良くなれない。


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※少々汚い表現が出てきます。予めご了承ください。

私はお酒に強くない。

食べることが好きだから一緒にお酒を楽しめたらもっと良いのにと思うのだが、とにかく身体が受け付けてくれない。アルコール摂取後の私の身体は次の状態になる。

  • 頭が痛くなる。
  • 吐き気がする。
  • 眠くなる。
  • 一部の皮膚が赤くなる。

酔ってテンション上がる前にこうなるから、

全く 楽しくない。その日の体調で1杯でも駄目な時があれば、3杯はいける時もある。今日は何杯いけるかなんて分からないので、保身の為にノンアルでやり過ごす。

今回は各お酒と私の相性について、書き連ねていこう。

 

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チューハイ、カクテル

 

20歳過ぎてから大学ゼミの集まりで、先生は「お酒の練習をしよう」と、普段飲まない学生にカクテルやチューハイを勧めた。もちろん強制ではない。

私は巨峰チューハイを頼んだ。ちびちび飲むからか、皆のようにワハハハな気分にはならない。でもトイレに行こうと席を立った時、足元がよろけたので、アルコールは体内にちゃんと巡っていたようだ。

やがて甘いカクテルが気に入り、20代前半はカルーアミルクと焼き鳥を普通に食べ合わせしてた。流石に今は無理。

学生時代は楽しく酔う感じもないが、しんどくなることもあまりなかった。

社会人になり、乾杯をチューハイにして飲んでたら、腕の色が変わっていることに気付く。濃いオレンジのような赤みがさすのだ。両腕全体がマーブルカラーになる。見た人はアレルギーか何かと思うだろう。しかし、私の体調は変わらない。原因もよく分からない。それのおかげで私に酒飲みを強制する人は現れなかった。助かった。

 

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ビール、発泡酒

 

社会人になってから飲み始めた。

社内の大人数飲み会で、乾杯を急かす空気の中、一人だけ別のドリンクは頼みづらい。私は美味しいとは思えないビールを飲み、ビール瓶とコップを持って上司達の席を順番に回り、ビールを継ぎ、継がれ、飲んだ。一通り済ますと頭がフラフラしているが、「社内の飲み会」という空気が、私から体調不良を忘れさせた。

今もたまに実家で晩ごはんを食べる時、冷蔵庫にあれば一缶頂く。甘くない酒は沢山あるが、度数が強い。ビール・発泡酒の苦味と度数が私には丁度良い。甘くない酒を飲みたいときはビール・発泡酒一択である。どちらでも良い。味の違いが分からないから。

 

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ワイン、サングリア

 

社会人になって「あれ、白ワインなら大丈夫かも」と思い、飲み会でワインを選ぶことが一時期多かった。チューハイ・カクテルばっかりよりは大人っぽく見えるんじゃないかと下心があった。

しかし、甘かった。赤ワインを2杯位飲んだ時、目の前に上司がいるにも関わらず、眠気で瞼が上げられない。眠気が強くて、まともに歩けない。記憶と意思はあるので、家に帰れたが、ワインをナメていた自分を反省した。

もう一つワインでつらたんな話。私が酒で体調を崩しやすくなるのは、緊張し過ぎる場合である。社内の重要な飲み会なら緊張しても根性が体調を維持させる。しかし、非公式な小さな社内飲みで面倒な絡まれ方をされると頭痛と吐き気が一気に加速する。逆に友人との飲み等、緊張せずに楽しめる場合は大抵問題なく過ごせる。

と、思っていたが、そうでもなかった。三十路を目前にした頃、友人とベラベラ喋り、バクバク食べながらロゼワインを1本空けた。気持ち良く解散したかと思いきや、帰り道の電車で気分が悪くなり、家に着いた途端リバース(何とかトイレで)。楽しかったのに何で?! ショックが大きくて、しばらくワインが飲めなかった。

例外的にサングリアは大好き❤️ 赤白どちらも飲める。フルーツごろごろマドラーでかき出しながら食べる。グラスワインより割高なので、周りの様子を見ながら注文するか決めている。

 

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焼酎、日本酒

 

先に結論。

どちらも、身体が無理。受け付けられない。

 

焼酎を友達が飲んでたので、私も試してみたら、 飲んですぐ頭痛が。あまりにも速すぎて、それ以降飲めなくなった。

知人に素敵な日本酒バーへ連れて行ってもらったこともあるが、会話が盛り上がる辺りから頭が痛くなってくる。二人の時間を楽しみたくて頑張ってみたけど、もうあのバーに行く勇気はない。だが、別の日本酒の店で甘酒に出会えた。甘酒、美味い。最高。甘酒飲みながら、肴をつまむよ。

 

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ウイスキー

 

20代の好奇心で、本物のマスターがいるカウンターで、初心者向けに飲みやすいものを水割りにしてもらって飲んだことがある。だが、未熟な舌はそれ以降ウイスキーを求めなかった。でも体調不良はなかったんだよね。飲まず嫌いしてるけど、ハイボールなら私でもいけそう? 

 

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終わりに:私は酔いたいんじゃない。美味い飯と酒の時間が欲しいんだ。

 

20代前半でもっと酒の経験値(安全で周りに迷惑かけない範囲でリバース・記憶なくす等)積んでおいた方が良かったかもしれない。

私は成人する前から父に「酒で失敗するな」と何度も言われてきたので、特に20代頃は「絶対に酔わないぞ。意識保つぞ」を意識し過ぎて、お酒で頭と身体がぽーっと温かくなって楽しくなる感覚をあまり味わえていない。

「酔わなきゃやってらんねぇ!」とグビグビ飲んで楽しそうにする人の感覚がどんななのか気になる。私がなれない境地だ。

 

そして書いてて気付く。

私は酔いたいんじゃない。ご飯と酒を共に楽しみたいんだ。

酒で気分を良くするのはおまけみたいなもの。目の前の料理に合う、ワインや熱燗をちびちび口に含めて、美味い飯とのマリアージュを堪能したいのだ。

が、酒を飲むと、体調不良を引き起こす可能性があるので、コーラ、ウーロン茶、炭酸水で料理を味わう。それでも充分ご飯は楽しい。

お酒に強くないおかけで、突発で飲みに誘われる機会も少なくなったし、皆様がビールジョッキ片手にワイワイされている間に、私は一人でコーラと焼き鳥を堪能しよう。

これでいいのだ。お酒とは無理して付き合うのはやめよう。

 

 

ワカコ酒 1 (ゼノンコミックス)

ワカコ酒 1 (ゼノンコミックス)

 

 ↑1巻を途中まで読んだことがある。私の理想の酒と飯の楽しみ方全てが描かれている。ワカコさんのように、酒を飲みたい! 飯を食いたい! ワカコさんと飲みたいじゃないよ。一人で満喫したいんだ。もっと読みたいが、羨ましすぎて途中で手を止める。

 

 家飲みも素敵。そもそも私は居酒屋メニューが大好きなので飲みの場に行くのです。食べたいものだけ準備して、友達とまったり家で喋りながら飲みたい。あさこさんのこの本みたいな感じでやってみたい。

 

 ↓Twitterやってます。

 

【投稿数25達成記念】再びブログカード(自分の記事限定)で遊ぶ


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ブログの最後に掲載される注目記事。あれはどんな基準で順位が決まっているのだろうか? このブログはpro仕様ではないので、細かいアクセス解析結果が分からない。でも、アクセス割合が高い記事だというのは分かった。

今回はブログカードを貼り付けたいが為に、自分の記事を紹介いたします。注目記事ランクインは2017年7月30日のものです。

 

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第1位:美人女子大生と私の顔面比較の話

 

 

何故か常にこの記事が1位なのです。

熊田曜子さん似の美人女子大生Aの力でしょうか。

再読しましたが、ブログ初期の私の記事、字数が少なくて凄く読みやすい。

 

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第2位:あるある応援しようと思ったら、今は演歌歌手のモノマネされてました。

 

 

レビュー系の記事で一番見られてるぽいです。扱った作品の中でも一番新しいものだからでしょうか。この本をきっかけに、RGさんのあるあるをもっと見たいと、Twitterフォローしたのですが、RGさんは現在演歌歌手のモノマネがメインネタになっていらっしゃるらしく、あるあるをつぶやかれておりません(笑)

 

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第3位:全然中身のない音楽ネタで申し訳ありません。

 

 

理由はどなたかがつけてくださったはてなブックマークのおかげだと推測しております。「バンプ」とタグ付けされておりました。大変ありがたいことですが、全然バンプについて詳細に触れていない話なので、ファンの方に申し訳ない気持ちです。

 

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第4位:私の学生時代を象徴する話なので、ランクインしてて嬉しいです。

 

 

このブログを通して、私が一番書きたかった話です。書いたとき、スッキリした気持ちになりました。最近ランクインするようになった記事。とても嬉しいです。

 

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第5位:これも私のネガティブの根幹になっていた。記事にして良かった。

 

 

「漫画が好きであることが恥ずかしい」「顔と体型」

この2つが、私のコンプレックスでネガティブの根幹でした。

漫画以上に今まで触れてこなかった部分を、記事を書いて吐き出すことができました。感謝感謝です。

 

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まとめ:私のネガティブは母の言葉から始まっている。

 

改めて記事を見返しましたが、ネガティブが生まれたきっかけは私の場合、母に言われた言葉なんですね。だからって、母が毒親だったかと言うと、そうではないです。些細な言葉が子どもに思わぬ影響を与えてしまうということでしょうか。自分に子はいませんが、もしもの未来を考え、発言を気を付けたいて思います。

 

Twitterやってます。

 

私は腐女子かどうか考察したい。

※今回の記事には、腐女子・BL要素が含まれております。苦手な方はご注意ください。

 

腐女子or腐女子じゃないの二択になった時、私は腐女子になる。

だが、腐女子の世界は奥が深い。心底BLを愛し、楽しんでいらっしゃる方から見れば、私は「ふざけるな!」と怒られるレベルだと思う。

今回は私の腐女子な一面を語る。自己分析の為、今時点にある知識等だけで語ります。情報の拙さは予めご容赦ください。

今回のポイント

  • 私とBLとの出会い。
  • 私にとってBLとは。
  • 私は腐女子なのか。

 

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私とBLとの出会い。

 

封神演義 (第1部) (ジャンプ・コミックス)

封神演義 (第1部) (ジャンプ・コミックス)

 

 中1の時、友達と立ち読みできる古本屋に行った際、とあるコーナーに案内された。「同人誌だよ」と紹介された漫画本は、ワンピースのイラストが描かれていたが、原作絵ではなかった。

「例えばルフィ(男)とゾロ(男)が恋人同士という設定の話が描いてあるんだよ」と説明されたが、私の頭の中は「???」だった。まだ同性愛も知らない子どもだった。

読んでみた。今までなかった概念でキャラクターが語り合うから頭が混乱する。キスする場面は少女漫画のそれを見るより恥ずかしかった。短編集だったので、ルフィとナミ(女)が告白し合う話を見た時、ホッと安心した気持ちになったのを覚えている。

次に、読んだことはないけど知ってはいる封神演義の同人誌を読んだ。主人公の太公望(男)と誰か(男)のラブシーンが描かれていて「ひええええ~」となった。

これで生理的に無理となればそこまでだったが、この何とも言えない刺激がクセになり、こっそり楽しむようになった。

後に、別のBL大好きな友人から、オススメ初心者向けBL漫画を借りて読んだ。友人のチョイスは見事だった。徐々にエロ度を高めていくので、最後に借りた作品はなかなか濃厚だった。始めから濃厚系だと流石に私も抵抗したが、友人のおかげで楽しめた。

 

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私にとってBLとは。

 

 

海月姫(8) (KC KISS)

海月姫(8) (KC KISS)

 

 

 海月姫の登場人物の台詞をお借りすると「我々にとっては一般教養のようなものです」という感覚に近いと思う。

物凄くハマる程好きではないけど、たまに自分にドンピシャのシチュエーションだったり、カプだったり、絵だったりすると、貪るように楽しむ。

もう一つ私にとってのBLは、エロ本みたいなものという認識がある。性的な刺激や興奮を味わう為のもの。成人してからはR-18が前提。お気に入りのカプを見つけたら、素敵な絵師様を求めてpixiv等をチェックする。男×女、男×男関係なく、自分が気に入れば楽しませて頂いている。

 

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私は腐女子なのか。

 

BL専用アカウントもない私は、これまで他者と腐ネタを語り合ったことがない。現実・ネット共に。なので、自分のBL感覚が周りから見てどうなのか分からない。

学生の頃に読んだBL論で「女子がBLにハマる理由はファンタジーだから」と書いていた。男女の恋愛や性的なものは生々しくて、好ましくないという感じらしかった。それを読んだ私は「生々しいの好きなんだがなぁ」と思い、あまり共感できなかった。

また、私はイケメンな絵や、少女漫画に出てくる男性キャラが苦手だ。綺麗過ぎて違和感を感じてしまう。「男も女も、もっと骨と肉と毛がある!」と思ってしまうので、あまりときめかない。ムッチリ肉厚感のある絵が好き。しかし格闘漫画の筋肉ムキムキ過ぎるのもそれほど好きではない。いずれにせよ例外はあるが。

BLを嗜むようになると、一般の作品や現実世界の男性二人のやり取りが、BL的に見えるBLフィルターが出来上がってしまう。私の目にもフィルターが備わっており、少年漫画の主人公とライバルのやり取りが「二人は愛し合っている」と見えてしまうことがある。しかし、私は「この場面は純粋に友情と捉えたかったのに……!」とフィルターかけて見てしまい、それが取れなくなってしまうことを嘆くこともしばしばあった。

 

以上、私にとってのBLについて書いてみた。

私は腐女子と名乗って良いのだろうか。これは腐女子の肩書きが恥ずかしいという意味ではなく、私のようなニワカから抜け出ていない30過ぎ女が腐女子として振る舞って良いものなのか。

まぁ、今のままでも充分過ぎる程楽しませて頂いているので、腐ネタで誰かと語り合う気もあまりない。これからも自分のペースでいこう。

お粗末様でした。

 

ブサメン男子♂?イケメン彼氏の作り方? 1 (BOYS FAN)

ブサメン男子♂?イケメン彼氏の作り方? 1 (BOYS FAN)

 

版権ものではなく、オリジナルBL作品で一番ハマった作品。主人公のブサメンあゆむが可愛すぎる。もっと掘られろ!(掘るって言うな)と思ってしまった。

 

Twitter始めました。誰も見てないけど、せっせとフォローさせていただいている方々のコメントをRTする日々。

 

眉・ムダ毛との戦い。


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私と眉・ムダ毛との長きに渡る戦いは、プロの力を借りる・放置する、で決着がつき、ただいま平和的に停戦状態である。

今回のポイント

  • 腕毛・すね毛は私を守ってくれている。
  • 脇毛は20代前半でお別れした。
  • アソコの毛がない快適さ。
  • プロに一発で解決してもらった眉ブサ問題。

 

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腕毛・すね毛は私を守ってくれている。

私が初めて剃ったムダ毛は腕毛・すね毛だと思う。

中学の部活の休憩時間に、友人が指でブチブチ膝の毛を抜いていた(真似しちゃ駄目!)。私も試したが上手く出来ず、その夜の浴室で剃ってみた。ムダ毛をカミソリで剃る知識は予め得ていた。

20代前半まではマメに剃っていた。しかし、徐々にズボラになる。黒・ネイビー・グレー・ブラウンのストッキングやタイツの割合が増える。スカート&肌色ストッキングを履く前日にだけ剃るようになった。

理由は面倒くさいもあるが、カミソリ負けするのか、ブツブツのサメ肌になってしまったからだ。レーザー脱毛の扉の鍵は、私の低い美容意識とケチ財布がどっかへ隠してしまった。

最近は月に1回剃るか剃らないかまでに減少した。すると今度はこの毛達がだんだん愛しくなってきた。私は深刻に悩む程毛深いタイプではなかった。短くピンピン生えているこの毛達がだんだん可愛くなってきた。肌を覆うほどの量と長さじゃないけど、この毛達は私をあらゆる外部刺激から守ってくれているんじゃないかとも思えてきた。

ただ、腕出している時に知人男性が横に並ぶとちょっと焦る。私の中にある羞恥心が「ムダ毛みっともないぞ」と囁く。そんな日の夜は久しぶりに剃ることもある。

 

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脇毛は20代前半でお別れした。

 

逆に何とかしたいと思ってたのが脇毛。学生時代はお金がないので、カミソリと毛抜きで処理していた(毛抜きピンセットは肌トラブルの原因になるのでオススメはしない)。どちらもすぐ伸びるし、処理跡がキレイじゃないので、羽織りものが手放せなかった。パッとタンクトップ一枚になれる女性に憧れた。

社会人になり、ようやく医療レーザー脱毛を受けた。やって良かった・・・!

脇毛処理からの解放は最高だった。おしゃれになることはなかったが「これでいつ、脱がなきゃいけない時が着ても大丈夫」と思えるようになり、外を歩きやすくなった。

※性的というより出し物の練習で急きょ衣装に着替えるとか、病院に運ばれてとか、そういう意味合いが強い。

知人の友人(女性)が、体調不良で救急車を呼ばざるをえなくなった時、足親指の黒い毛が伸びていたのを見られて死ぬほど恥ずかしかったらしい。確かに足指の毛は割りと太くて濃い。

たまに脇の隅っこにチョロリと1本だけ生えてるけど、カミソリでちょんと剃れば終わりなので、楽チンなのは変わらない。

 

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アソコの毛がない快適さ。

 

下着からはみ出る毛が、ずっと気になっていた。剃るのが怖くて、代わりにハサミで全体の毛をカットし、短くしたこともある。すると、短い毛がブスブスと下着の布地を突き破り、チクチク状態になった。

数年前に海水浴に誘われる事態が起きた。私は下問題に向き合い、脱毛処理を決意した。レーザー脱毛ではなく、ブラジリアンワックスを試してみた。結果は満足だった。一番良かったことは自分の下半身を労る気持ちが芽生えたことだ。力を入れすぎずに丁寧に洗う。お風呂上がりに化粧水をつけるなど、お手入れするようになった(※ニキビ予防の為にデリケートゾーンは化粧水以外のもの、乳液等はつけないようにサロンの方に言われている)。ただブラジリアンワックスは永久脱毛ではないので、やがて元に戻る。何ヵ月かに1回のペースで、おしゃれというよりスッキリする為に通っている。

ちなみに予定の都合で、結局アラサー海水浴は実現しなかった。

 

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プロに一発で解決してもらった眉ブサ問題。

 

最後に最大の敵、眉毛について。

私の素眉はハの字形である。小学校高学年の頃、眉毛1本1本が伸び伸びで垂れ下がり、仙人や老年紳士のような眉スタイルになっていた。見かねた母が「毛の長さだけでも整えたら?」と言ったが、当時の私は言葉の意味を理解出来ず、無視していた。

 

 

 

Can You Keep A Secret?

Can You Keep A Secret?

 

 当時、宇多田ヒカルさんがデビューから少しして、ショートヘアーになった。

「何か顔の雰囲気が違う」と私が言ったら「眉を整えて化粧してるからね。グッと大人っぽくなったわね」と母は言った。

その時私は眉を整えれば美人になれると錯覚し、ティーンズ雑誌に載っている眉の整え方を参考に挑戦してみた。

だが、どうしても見本の通りにならない。当然だ。私はハの字形なので、眉頭よりも高い位置に眉山が見当たらない。眉頭よりも眉尻が下がり過ぎている。見本は長さを切っただけで形が出来上がったのに、私はただ薄くなるだけ。ここから、私の眉との戦いが始まった。

難儀なことに私の眉は左右で位置が違う。眉山が上下にずれているのだ。それを左右対照にしようと、ジョリッと片方の眉上半分を剃ったこともある。

その他、眉プレートを買ったり、メイク本を買ったり、自分なりに努力するも何か変で。どーにかしたい!!! という思いが強まり、眉メイクサロンに行く。私のブサ眉を、カットとワックス脱毛を駆使して整えてくれた。Before Afterの画像を見た時「Beforeの私、よくこんな不細工な眉で外を歩いていたな」と恥ずかしくなった。それくらい差が歴然だった。

以降、私は定期的に金を払ってプロに眉を整えてもらうことになった。日常でのお手入れや書き方のコツを教えてもらえるので、始めは月1だったが最近は数ヶ月に一度行くペースに減っている。

自力で10年以上かけても決着つかないんだから、金出してプロにやってもらった方が精神的にも良い。

 

以上、私の眉・ムダ毛との付き合いについてでした。

お粗末さまでした。

【レビュー】『教室内カースト』を脳内吐血しながら読んだ

社会人なりたての頃にこの本を見つけて「スクールカースト」という言葉に激しく頷いた。ブログで過去を振り返る上でも、読んでみようと思った。

冒頭と目次を読んだだけで、軽く心がえぐられたんだが? 出血多量覚悟で、読むことにいたしました。

 

教室内(スクール)カースト (光文社新書)

教室内(スクール)カースト (光文社新書)

 

 今回のポイント

 

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大人になってからスクールカーストに気付いた私、遅いね。

 何となく私の中にあった「あのグループは上」「あいつらとは一緒になりたくない」という感覚。これは私だけではなくほとんどの生徒達にあったものだった。大学生達が当時を振り返るインタビューを読んでいて、特に女子達の「自分の立ち位置をキープする」為の容赦なき行動に、私は背筋が震えた。

 そうか、だから高1の春に一緒に話していた〇〇さんは、気付いたら私の傍にはいなかったんだ。

 スクールカーストは落ちることは簡単だが、上がるのはほぼ不可能に近い。私は自分なりに「自分はカースト最下位じゃない」と見えるように振る舞っていたが、意味なかった。何故なら自分の位置を落とさない最も効果的な手段は、下の位置にいる連中をスパッと切り捨て、他のグループに移ることだからだ。

 クラス替え直後の1学期前半は、グループ構成に入れ替わりが生じるのはその為だ。高1の私は〇〇さんに切り捨てられたのだ。単に話が合わないというのもあっただろうが。

 切り捨てられてばかりだったかというと、そうでもない。以前ブログで書いたが、中1の頃に一人の女の子を無視するようになった。それとは別に小学校の頃とても仲良くしてた子がいたが、中学で周りがその子をからかいの対象にするので、私は彼女と関わるのをやめた。届いた年賀状に「また一緒に遊ぼうね」と書いていた。切実なものを感じながらも、私は彼女と遊ばなかった。

 このように、多くの生徒達が個人差あれど、名も無き上下関係を意識し、自分の立ち位置を守っていたのだ。そしてその為に効果的な手段を取っていたのだ。

 それをこの本を読んで気付いた私、遅すぎ。

 

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大好きな漫画『地獄先生ぬ~べ~』をスクールカースト的に見る。

 

地獄先生ぬ~べ~ (01) (集英社文庫―コミック版 (お60-1))

地獄先生ぬ~べ~ (01) (集英社文庫―コミック版 (お60-1))

 

 

 

 学生インタビューでこんな意見があった。

「上位グループの何名がクラスを自分達の好きなように動かして、それで『〇組、最高!』て、そのグループ内だけで盛り上がっている。まるでそのグループがクラスの価値観みたいになっているけど、その他の生徒はウンザリしている」

「強くない先生は上位グループに媚びないと、生徒にナメられて授業とか成立しない」

  また作者は教師にもインタビューしていて、一人の教師がこんな感じのことを言っていた。

「上位グループを上手く活用した方が、学級活動が回るんですよ」

 そして、ふと思った。

 ぬ~べ~クラスって、まさにこれじゃね?

 妖怪トラブルに巻き込まれるのは、広・郷子・美樹・克也・まことの5人がほとんで、何ならこの5人で力を合わせて妖怪退治バトルもしてる。

 なので、ぬ~べ~もこの5人とは関わることが増え(妖怪から助けているから)、物凄く強い絆で結ばれる。この5人だけ連れて、学級活動以外のお出かけしてるしね。

 特にそうだと思ったのは、文庫本で作者と登場人物が対談するというコーナー。

 上記5人以外の生徒が対談に参加する場面があるのだが、そこで作者は「ぬ~べ~と関わることが少ない君達だから話すんだよ。だから、広達には内緒にしてね」と言っている。生徒達も「いつも広君達ばっかだもんね」と発言している。

 ぬ~べ~は生徒から慕われる熱心な教師と、私も心底思っていたが、実はぬ~べ~クラス内にも目立つ目立たないという生徒差があり、ぬ~べ~との距離も生徒によって異なっていたのだ。

 思えば、私はこの漫画大好きだったが、メイン生徒はあんまり好きじゃなかった。そして、ぬ~べ~クラスの生徒になりたいとも思わなかった。妖怪に襲われるからではなく、稲葉郷子と細川美樹という強すぎる女子2人がクラス上位に立つ教室に私は絶対いられない・いたくないからだ。

 私はビビり屋なので言い訳するが、ぬ~べ~が一部生徒としか密接に関わっていないのは、ストーリー上仕方ないことは承知している。ただ作者も「ぬ~べ~は生徒を下の名前で呼ぶけど、金田だけは苗字なんだ。他の生徒が金田って呼ぶからそれに合わせているのかもだけど、あれって教師として良くないよね」とコメントしていた記憶がある。後半は下の名前で呼んでいた気もする。ぬ~べ~も人間なんだな。

 

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希望:スクールカーストは優劣じゃない! キャラの違いだ!

 教師達のインタビューを読んで感じたのは「上位グループは優れた要素があるから上位にいて、下位グループはそうじゃないからそこにいる」という見解があるということだ。私が読んでて脳内吐血したのも、この本の中では下位グループが「悪いもの」として扱われているように感じてしまったからだ。

 私は自分を「中の下・下の上」にいたと思っている。だからここで書きます。

 上位グループの子達に長所短所があって完璧じゃないように、下位グループの子達も完璧じゃないし短所もあるけど長所もあるんだ!

 インタビューに登場した教師達が子どもの頃どの位置にいたかは記載されていない。勝手に私は教師達は上位グループに当たり前のようにいたんじゃないかと思う。愛と教育の意味を込めて「下位グループはもっと頑張れ、やる気出せ」とコメントしているが「いや、やりたくてもどうしようもないんだよ」と言葉ではなく脳内で血とか色んな体液を出した。

 私はありがたいことに社会人になってからの方が友達が増えた。良い方々と知り合えて感謝だが、一方で「この人と中学同じクラスだったら、絶対友達になれてない。てか、見下されるかいじめられている」と感じることも多々ある。スクールカーストは現象なんだ。だからどうか上位も下位もそれにいつまでも囚われないでいてほしい。

 あと、教師は上位出身だけではなく、下位出身の方もいてほしい。堂々と「学生時代、暗くて馬鹿にされてカースト最下位だったけど、今は同僚にいじられるけど、全然気にしてないよ。これが私なんだ」とサラリと言える教師がいらっしゃっても良いと思う。

 

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まとめ:今そして未来の教育現場の変化を願う。

   さて、言葉で明らかにされた「スクールカースト」。作者や巻末の解説では「スクールカーストにはいじめに繋がる等、負の側面があるので、それを当たり前として受け入れていてはいけない。改善が必要である」と書いてくれていてホッとした。2012年に初版されたもので私が購入したものは第10版であった。それだけ「スクールカースト」が認識すべきものとなっているなら、教育現場も少しは変わっているんじゃないかと願う。

 頼むから「下位グループの連中はやる気がない。コミュ力が足りない」だけで終わらせないでください。

↑私の中学時代スクールカースト的な話。

 

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